説明するための理論(destrictive theory)と処方するための理論(prescriptive theory)・その1

医療インストラクショナル・デザインのキーコンセプトのひとつに、記述理論(destricitive theory)と処方的理論(prescriptive theory)があります。タイトルでは前者を説明するための理論、後者を処方するための理論としています。

このコンセプトは1987年に発刊されたグリーンブック第1巻(ライゲルース編集)にライゲルース自身の論文としてまとめられています(オリジナルは1970年台の論文)。医療IDで学習や教育を設計する際には、記述的理論ではなく処方的理論をとるべきだ、というのがライゲルースの主張になります(http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/wp-content/uploads/b104jsise201105-69-72.pdf)。

この記事、すなわち説明するための理論(destrictive theory)と処方するための理論(prescriptive theory)・その1では、2つの理論のニュアンスの違いを医療を例に説明したいと思います。説明するための理論(destrictive theory)と処方するための理論(prescriptive theory)・その2では、2つの理論を教授システム学として説明する予定です。

説明するための理論(destricitive theory)
たとえば、糖尿病と診断された患者から、「なぜわたしが糖尿病になったんですか?」と質問されてた主治医が「糖尿病の原因は・・・」と説明するとき、主治医は患者の質問に答えるために糖尿病の発生機序についての知識を呼び出し、説明を組み立てていきます。
この場合の説明するための理論とは、「糖尿病の発生機序は・・・・である」という糖尿病の病態生理の医学知識を指します。医学知識を使って糖尿病になった理由を説明するときには記述的理論を用いていると考えることができます。

たとえば、子供が「地球の周りを太陽が回っているんだね」と言ったとき、「そうではなくて、太陽の周りを地球が回っているのだよ」と図を書いて説明します。
この場合の説明するための理論とは、「地球は太陽の周りを365日周期で運行している」などの自然科学的な知識を指します。

たとえば、新米の教師が授業を始めて行うとき指導要綱を見ながら、生徒にはこうやって教えればいいんだと言うとき(そう考えているとき)、「生徒に授業をするときにはこうすればよい」という理論を使っていると考えることができます(とします)。小学校1年生にはこうやって教えれば良い、決められたとおりに教えれば生徒は学ぶ、というときその授業は説明的な理論、こうすればこうなるという記述的理論を使っていると考えることができます。
新米教師が先輩教師に、「どうやって教えればいいんですか?」と質問したとき、先輩教師が「それはこうやっておしえればいいんだよ」というときの先輩教師の論理を書き出すと次のようになります。すなわち、[生徒]に[教科の内容]を教えるときはある[教え方]をすればよい。[ ]は定数(変化しない属性)を示し、この論理では生徒、教科の内容、教え方は固定されていると考えます。これが記述的論理になります。
毎年同じスライドセットを用いて同じ内容を繰り返し講義する・授業をする場合、その教育は記述的理論に則っていると考えることができます。

たとえば、人の短期記憶の容量は限られているため、一度に新しい事実をたくさん教えても処理されない、という学習科学も記述的理論に相当します。

記述的理論は、こうすればこうなるという現象や、これはこうなっていると説明するための理論であり、学習の成果から学習をデザインする理論ではありません。

学習の成果から(成果を固定し)、成果を上げるための学習環境は学習の方法をデザインする考え方と方法論を処方的理論と呼びます。

たとえば、人の短期記憶容量に関する学習科学の知見を処方的に用いるとは、あるコースで導入する新しい知識は3つまで(短期記憶の容量を超えない)に制限し教材やコースをデザインすることをいいます。

処方するための理論(prescriptive theory)の説明の前に「処方」のニュアンスの説明
「処方」は医療者には馴染みが深い用語です。「処方箋」の処方です。
健康上・日常生活を送る上で問題を持った患者が医師を訪れ診察を受ける場面を考えてください。患者は問題を主訴として医師に伝えます。医師はさまざまな問診テクニックを使って患者の問題を分析していきます。ある程度診断(患者の問題)を想定したら更に詳しい分析(身体診察、検査など)を行い診断をつけたり、解決すべき問題リストを作成します。次に、問題を解決するために医学のルールや原理を選択し、作業仮説を設定します。プロブレム1についてはこのルールとあの原理を用いてこういうプロセスで解決することができるだろう(治療プランを処方する、薬剤を処方する場合もある)。作業仮説を立てたら治療を開始します。予想通りの結果になれば仮説が成立し、患者の問題は解決されます。医師の問題解決の方法には処方という行為が含まれていますが、「処方するための理論」の「処方」は、の問題解決を達成するために医師が組立てる治療プランに相当します。ある患者の治療プランは、また別の患者の治療ブランとは異なっています(治療プランは患者固有)。

上記の記述を医療ID的に書き直すと次のようになります。看護部長は教育担当のA看護師に今年度の新人看護職研修を依頼します。A看護師が行った昨年度の新人看護職研修は狙った成果をあげることができませんでした。A看護師はB医療インストラクショナル・デザイナーに相談します。BさんはAさんの昨年のプランと研修の結果について様々な観点から質問し、昨年のプランがなぜうまく行かなかったのかを分析していきます。分析を進めながら、今年度の新人看護職研修の改善点を考えそれらをまとめていきます。最期にBさんはAさんとの対話をもとに作成した「今年度新人看護職研修の開発案」(改善プランを処方する)というレポートをAさんに手渡します。昨年度の問題に対し、改善プランを幾つか示しなぜプランが必要なのか、プランを実行した場合の新人看護職員の反応や期待できる成果などについて説明します。Aさんが開発案に同意してくれたので、Bさんはブループリントに沿って研修企画を立てる作業に入りました。

処方するための理論(prescriptive theory)
新米教師が先輩教師に、ある教科のある授業を「どうやって教えればいいんですか?」と質問したとき、処方的理論をいつも使っている先輩教師なら次のように質問するでしょう。
「で、その授業の終わりに生徒たちが出来るようになっていることはなんだい?」と。

処方的理論で学習をデザインするとき、固定される(定数、変化しない属性)のは「出口」になります。一人ひとりの生徒が精度良く出口を達成するために、教え方や何を教えるかの味付けの仕方を一人ひとりの生徒に最適化します。処方的理論を論理構造を記述すれば、[学習の出口]を達成するために、<教え方>と<教えるための味付け>を変数として扱う、となります。< >は変数になります。

先程の記述的理論では変数が明確にされていませんでしたが、さて、記述的理論では何が変数になるでしょうか・・・。
記述的理論で変数になるのは、学習の成果(効果・効率・魅力)、になります。伝統的な教育では、学習の成果は学習者の能力や頑張りによるものとみなされます。同じ授業をしたのにできないのは学習者の能力が足らないからだ、同じ授業で解らないところが残ってしまったのは学習者の関心がなかったからだ、授業中眠っていたのは学習者の責任だ・・・。

 

処方的理論では学習の成果を担保するために、授業の組み立て、利用するメディアや学習活動など授業の方法を工夫するだけでなく、授業の条件(課題設定、ストーリー化、教室の環境の整備など)を学習者に合わせて調整します。

「できる」医療者は患者ごとの問題解決を習慣として実践することができます。しかし、「できる」医療者だからといって後輩の指導が処方的に出来るわけではありません。医療や看護を処方するために医学や看護学が必要なのと同じように、医師・看護師に教育・トレーニングを処方するためには医療インストラクショナル・デザインというテクノロジーが必要になります。

ややこしい話になってしまいました・・・。

 

 

 

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