記述的理論と処方的理論・図

記述的理論と処方的理論を学校での授業に当てはめてみましょう。

まず記述的理論からです。記述的理論で教えるということは次のようなことです。
生徒は30名、全員、教壇の方に机を向け椅子に座っています。教師は「授業を始めます」と宣言し、指導要綱に沿って教えることになっている項目を説明していきます。教え方は去年と同じで、来年も同じように教えているでしょう。授業に集中している生徒もいますが、隣同士で遊んでいたり、内職をしている生徒もいます。教師は思います。「ちゃんと授業を受けないとテストで困るのに」「困った生徒だ」。教師は自分がカバーする項目の説明を終えたことを確認し授業の最後にテストを行います。テストの結果は、できる生徒はできるし、授業に集中していなかった生徒はできません。教師は思います。「出来る子はできるし、そうでない子はできないし」「できないのは能力の問題か家での勉強やしつけの問題だ」「授業をするのは教師だが、成績に責任をもつのは生徒自身」。

生徒を一律に扱って同じ授業をした結果は、できる生徒はでき、できない生徒はできないというバラバラな結果になりました、というのが記述的理論的な教え方になります。教えることはきっちり教えたから、その結果はなるようになるだろう、それは教師の責任ではなく生徒の問題だ、ということになっています。

 

次に処方的理論について見てみましょう。処方的理論で教えるためには次のような授業計画を立てる必要があります。

まず生徒たちが達成するゴールを決めます(記述的理論では変数でしたが、処方的理論では固定します)。たとえばオームの法則が応用できるようになるというゴールであれば、オームの法則を使う応用問題を準備します。オームの法則を使う問題にも易しい問題もあれば難しい問題もあります。できる生徒は難しい問題に挑戦できるように、一方、できない生徒は易しい問題でオームの法則が使えるようになればよいでしょう(ライゲルースの精緻化理論的な考え方)。次に授業の方法を生徒の特性や得手不得手に合わせて計画していきます(記述的理論では授業の方法は固定されていましたが、処方的理論では生徒が合格するための最適な方法を変数としてデザインしていきます)。授業の条件を分析し、授業の方法の工夫に反映させるわけです。

処方的理論で授業をデザインし、デザイン通りに生徒たち一人ひとりが学習を進めると、計画したとおりの授業の成果を達成できるはずです(この辺りはTQM出質の高い製品を製造するための考え方と類似しています)。もしも生徒が最初に設定した目標を達成できないとしたら、それは生徒の能力の問題ではなく、学習デザインのどこかに問題があると考えます(これが医療IDにおける形成的な評価になります)。

処方的理論で学習デザインを行うということは、カークパトリックのレベル2を達成するために学習をデザインするということです。生徒が全員、レベル2を達成するためには、生徒の一人ひとりが学習に集中的に取り組むようなデザインが不可欠になります。学習に集中できる(学習することが楽しい・魅力的だという状態)と学習の満足度は高くなるのでカークパトリックのレベル1は達成されます。言い換えれば、レベル2を達成するデザインはレベル1を達成するデザインだということです。

またややこしい説明になってしまいました・・・。

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